Yukari Shuppan
オーストラリア文化一般情報

2002年~2008年にユーカリのウェブサイトに掲載された記事を項目別に収録。
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MELBOURNE Street by Street (30)

Flinders Street   ―  その 5  ―    

ケン・オハラ 

さて、ここで、メルボルンの古き良き建物と、それらの怠慢なオーナー達に乾杯といこうではないか。

20年、30年、40年前、人々は建物の文化遺産などにはあまり気にかけてはいなかった。それでメルボルンの利にさとい不動産のオーナーは、古い建物を壊して、もっと利益の上がる機能的な建物に改築した。しかし、怠慢なオーナーは手をつけずに放置していた。(その怠慢さが幸いして、歴史的な建物が、現在まで政府の所管となって残ることになった。)

さて、オーストラリアで Alan Bond と Christopher Skase というスキャンダラスな実業家の名前を知らない人はいないだろう。しかし、 Abraham Goldberg の名前を覚えている人ははたしてどのくらいいるだろうか?

Abe Goldberg は1948年にポーランドからオーストラリアに移民してきた。第二次世界大戦中、彼の家族は牛小屋に18ヶ月隠れて、ドイツの魔の手を逃れた。

オーストラリアに来てからは、多くのユダヤ人移民と同様に身を粉にして働き、衣類産業で財を成した。

1970年代では、彼は傑出した事業家となっていた。銀行から数百ミリオンの融資を受け、買収した会社や事業は10指を越えていた。彼の衣類産業の会社は順調な利益を上げていたが、しかし、他の投資は悲惨な状態だった。

彼は銀行から$390 million を借りて、レンガ会社を買収したが、その会社は銀行に払う利子の半分しか稼ぎ出さない状態だった。しかも彼は、実際にこのレンガ会社の工場に行ったこともなければ、レンガが造られる過程を見たことすらなかった。彼はレンガ会社が用意したビデオテープを銀行と株のブローカーに見せて、それだけで金を融資させたのである。

そんなやりかたでも、彼は何とか破綻せずにやってきたが、1990年、いくつかの銀行が、自分のところからだけでなく、他の幾つもの銀行からも、数十、数百ミリオンという金を彼が借りている、ということを発見した時点で、彼の実業家としての生命は終わった。

いくつかの銀行と債権者はビリオンドルを失った。Abe はポーランドへ逃亡した。オーストラリアとポーランドは国際犯罪協定を結んでいないので、どうすることもできない。

ケン・オハラは Young & Jackson's Hotel を出てFlinders Street を歩きながら Abe Goldberg に想いを馳せていると、Degraves Street の角にきていた。この角は the old Mutual Stores building 256-268 Flinders Street である。

1973年、Abe はディベロッパーになろうとしていた。それは、当時の不動産ブームの終わりで、最悪のタイミングであった。彼は Mutual Stores Ltd を買収し、1989年に彼の一大企業群が破綻するまで、ビルのオーナーであった。1992年、債権者はビルを市場に出した。The Council of Adult Education, a Victorian Government authority が$7ミリオンで購入した。古いデパートメントストアーは、そのまま成人教育センターとなり、10年経った今だに改築されていない。

Abe Goldberg が開発しようと試みた古い商店は、いまでも健在である。なぜなら30年の怠慢と政府がオーナーだったからである。しかし2001年に$7,026,000 で売却され、アパートメントに改造された。たぶん完全破壊は永久にまぬがれたことになるだろう。

The Mutual Stores ビルは、Flinders Street の典型的な1例といえる。

かつて Flinders Street はメルボルン市の中心となったショッピング街であった。有名な百貨店が駅沿いの道に名を連ねていた。しかし時代は移り、ショッピング街は Bourke Street へ移ってしまった。そして Flinders Street は、メルボルンの忘れられた古いビルディングの立ち並ぶ道となっている。

しかし、現在人々は古い建物の価値を再認識しつつある。置き忘れられた古いビルディングの多くは、アパートメントに改造され、残っていくことであろう。

何時の日か、Flinders Street は古い建物が残っている歴史的な道路として注目され、人気を復活する可能性もあるだろう。


copyright: Ken O'Hara
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